会長ブログ

ねりあいから逃げないで(繁藤月報-巻頭言 2022.12)

11月の月次祭の後に、山本忠治本部員にお入り込みいただき、本部巡教(言い換えると諭達講習会)を開催いたしました。諭達第四号をもとに、教祖140年祭に向かう三年千日を、ようぼく一人ひとりがどう仕切って通るのかについて思案を深める機会となりました。

またその日の午後から、大教会役員ならびに直属教会長を対象として、一泊二日でねりあい合宿を開きました。まずは繁藤において先頭に立っていく立場の者が談じ合い、心を定めて実践を示していくべきではないか、との思いが発端です。

そこでは、繁藤としての方針・目標を話し合うことはもちろん、一個人としての心定めなどについて話し合いました。参加者は十五名ほどで、非常に充実した場になりました。参加者の感想も前向きなものがほとんどで、「年に2〜3回してほしい」という要望も複数あったほどでした。その中でも特に多かった感想が、「気づきを得た」そして、「勇みをもらった」というものでした。

正直いうと、これまで私自身はねりあいがあまり好きではありませんでした。しかし、最近おぢばで何度かねりあいの機会をいただき、その中で「あ、こういう場は値打ちあるな」と改めて肌で感じていたところでした。

『山の仙人ではなく、里の仙人』という言葉がお道にあるように、信仰や陽気ぐらしは一人ではできません。おぢばで、大教会で、自教会で信仰の気づき、勇みをもらって、日常生活に活かして実践していく。そのサイクルが陽気ぐらしに向かう歩みとなる。こう考えると、コロナ禍を経て、今こそねりあいのような信仰的なコミュニケーションが必要なのかもしれません。

本年10月におぢばで行われた青年会総会において、中山大亮青年会長様はお話の中で、

「問いと対話によって生まれる気づきが、成程の人に向かっての大切なプロセスである」

(立教185年 青年会総会)

とおっしゃっています。やはり、これからのお道においても、ねりあい、談じ合い、さとしあいといった対話による信仰練磨の場が重要になってくるのだと感じます。

今後繁藤において、素晴らしいお話を聴く機会、ねりあいをする場をどんどん作っていこうと思います。そんな場に皆さん声が掛かったときは、私のように「ねりあいは苦手やから」なんて言って、ねりあいから逃げずに、ぜひご参加いただければ幸いです(笑)。そうして、繁藤につながるお互いが、勇み、勇ませ合いながらこの三年千日を通らせていただきましょう。

  立教185年12月1日
   天理教繁藤大教会長
   坂 本 輝 男

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